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ただいま、今年度予算編成がマスコミをにぎわしています。「政治主導」とか「仕分け」とかいろいろな言葉が飛び交っていますけれど、いったいどういうことなのか?、憲法を基礎として、現行の法律上、予算はどのようにして作成・編成(作られている)のでしょうか? 「憲法」という司法試験科目には「予算の法的性格」という論点(論争の要点)もありますので、それにも触れながら述べてみることにしましょう。

臨時予算や補正予算を除いた一般の予算は毎年4月下旬ころから各省庁が「概算要求書」(これだけちょーだいという内容)の作成を始め、8月末が〆切です。財務省は年末に査定を閣議に提出し、各省庁に内示を出します(「財務省原案」というもので、要はこれだけにしておきなさいという内容です。)。それを受けて各省庁は場合によっては次官級も含んだお偉いさんで「復活折衝」(げーっ、もう一声といったところでしょうか)をおこないます。各省庁の族議員と呼ばれる方々が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するのもこのあたりです。そうこうしているうちにできた予算案を財務大臣は閣議に提出します。 昨今のいわゆる「仕分け」はこの辺りの過程で政権与党の議員が介入して「その予算を要する事業は必要なのか?」とダメ出しを行っているわけです。

ここまでで、国会の正式な関与(族議員の跳梁跋扈はあくまでも非公式)がまったくなく、行政機関の行為であることに気づくでしょう。脳漿を搾り出すような思いで予算案を作成するのは官僚ですから、官僚を初めとして予算の法的性格は「予算行政説」というのがいまだに有力な理由もこの辺にあります。最近話題の「仕分け」は上記の過程で行われているものです。

財務大臣はようやく出来上がった予算案を閣議に提示し、内閣はかかる予算案につき国会の議決による承認(憲法86条)を得ることになるのです。ここで初めて国会が関与することになるのです。ちなみに、先の予算行政説は国会の承認は形式であってその修正・変更は許されないか微調整のみしか許されないというのが予算行政説の結論となります。

これに対して、予算が民主的であるべきという論者からは、予算の法的性格は「予算法律論」という見解が唱えられます。この見解は予算も法律と同様であるから、国会が自由に変更できるという考えです。ただ、予算が出来上がるプロセスは上記の官僚、すなわち行政が大きく携わるということで通常の法律とは性格が異なるという批判がなされており少数説にとどまっています。実際問題として、議院内閣制では、政権与党が内閣の閣僚を占め議会でも多数党であるためこの説の言うようなことは実際問題として起きません。

しかし、予算が民主的であるべきというのは大切なことです。ですから、予算行政説と予算法律説の中間的な見解として、予算は特別な法形式であるとする「予算国法形式説」(または「予算国法説」)というのが通説になっています。この見解では、国会による予算の修正はある程度許されることとされていますが、これまでの慣行ではあらたな「項目」(○○費)を設けることはできないとされています。

現政権の言う、「仕分け」をはじめとする「政治家による予算編成」は上記の財務省原案の作成の過程までに極力政治家を関与させることを意味しますが、パフォーマンス的な仕分けではなく、真に無駄を省いた政治主導の予算編成に期待したいところです。



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